8/8.9 九寨溝地震.マグニチュード7.
21時日記を書いてたら急にホテルがガタガタゆれる。
おさまったと思ったらまた大きい揺れ。
まほちゃんはお風呂あがって部屋に入ったところ。
見に行く余裕もなく近くにいたおばちゃんにしがみつくわたし。
そしたらまほちゃんの声が!「ゆかり~」
よかった、まほちゃんおった。
見に行けんくてごめんね。
とっさになにもできなかった自分に悲しくなった。
地震で粉塵がぶわっと舞って顔が粉にまみれた。
地震が起きたら机のしたとかなんかの下にもぐるって日本ではならったけど、ここの人たちはどんどん外に走っていく。
建物が倒れる可能性が高いからなんかな。
幸い貴重品全部もってフロントで過ごしてたからそのまま外に避難。
しばらく道路で過ごす。
裸足の人もおるし、パンツ一丁の人もおる。
荷物とりに帰る人がちらほらいたから私らもとりに帰る。
部屋にいるとまたちっちゃい揺れが。
泊まってるゲストハウスは結構ぼろぼろでしかも大きい道路から奥に入ったところだから、また大きい地震きたらつぶれそう。
外でみんなと一緒に座ってると女の子が「家族に連絡しないでいいですか?私電話もってるので使ってください」って声かけてくれた。優しさに泣きそうになった。
お父さんお母さん中国で地震が起きてること知ってるんかな。
みんながバスターミナルに避難しにいってるから、ゲストハウスのお兄ちゃんについていったけど見失ってまた初めに座ってた場所に戻ってきた。無駄足やった。まほちゃん昼間がんばって歩いて疲れてるのに気をつかえずごめん。
移動する前にお兄ちゃんが毛布暮れたからこのまま夜は越せそう。
小さい揺れは続いてるけど、もう大丈夫かなっておもいゲストハウスに行ってみる。
ちょうど荷物を取りに来たお兄ちゃんに会って、今すぐ向こうに行くからついてきて!って
そしてまた大きな揺れ。
広場まで結構遠かった。
道路で土砂崩れで何台も車がぺしゃんこ、ひっくり返ってる。
みんなが広場に集まって寝てる。
結構砂利道を歩いたところで待機っていわれてそこで朝まで毛布一枚にくるまって横になった。
月が明るく照らしてくれてる。
雨が降ってなくてよかった。
ゲストハウスのお兄ちゃんでも、知ってる人がいて私たちの顔を覚えてくれてる人が近くにいるってことだけで少し楽になった。
朝まで不安で寝れず。
朝方お兄ちゃんにゲストハウス戻れるっていわれて戻る。
体力0の私たちの歩くペースでお兄ちゃんがずっとついてきてくれる。
ゲストハウスもどって少ししてまた大きい揺れが来た。
はやく外に出て!
また避難することに。
バスがあるから今日それで町をでたほうがいい。と言われ、バス待ちの列に並ぶ。
列は長くなる一方で、バスに乗車していける人がいない。上の方でもうバスが満員になってるから。
ヒッチハイクでは車はとまってもくれず。
しばらくしたらバスが一台ドアを開けてくれて乗り込む。
バスターミナルまでおくってくれる。
降りるとき食べなさいってお兄ちゃんがリンゴ二個くれて、お姉さんが気を付けてって背中押してくれた。
バスターミナル着いたけどバスは一台も出てない。
道がつぶれてて通行止めみたい。
そうしてるとお姉さんがバス来るみたいだから並んだ方がいいって声かけてくれて並ぶ。
ちょっとしたらバスが到着。
ぎりぎり乗車できてこの町を離れます。
成都までは一本では行けないから途中で乗り換え。
乗り換えのバスターミナルで救援物資が届いててパンと水をもらった。
どの休憩所でも赤の服を着た人々がパン、水、カップラーメンなどを配ってる。
途中の地震の看板で震度7やったことを知った。
成都までの道も土砂崩れで潰れかけ。
いつ崖から落ちるのかわからんくらいのとこを運転手さんはがんばって運転してくれた。
疲労と睡魔でバスの中でうとうとしながらいろんなことを考えてしまう。
隣にまほちゃんがおってよかった。
はぐれず二人ともケガもなくてよかった。
いつもありがとう。
なにもできない私でごめん。
バス乗り継いで無事に成都まで帰ってこれました。
ゲストハウスついてWi-Fi繋がった瞬間お母さんからすごい数の電話が来てた。
ほんの地震の数秒前にLINE送ったところやって、日本でもすぐ速報が出てたみたい。トップニュースにもなってたみたい。
まほちゃんのお母さんもすごいすごい心配してていろんなところに連絡してくれて大変迷惑かけました。
二人ともケガもなく無事です。
他にも心配して連絡してきてくれた方々ありがとうございました( ;∀;)
人生ではじめての震災。
死者も出てるなか無事に帰ってこれたことに感謝です。
この経験を今後意味のあるものにしていきたい。